フィリピン英会話ネット
2009年07月28日

フィリピンアイドル総出演 ASAP09

ABS-CBNが放送している日曜昼の歌とダンスのバラエティ番組「ASAP 09」については以前紹介したが、先週7月19日のプログラムはまた、格別だった。

ASAPの売りは、フィリピンで最も人気のあるアイドルが総出演していることである。それはベア・アロンソ(Bea Alonzo)、アン・カーティス(Anne Curtis)、イヤ・ヴィラニア(Iya Villania)、シャインナ・マグダヤオ(Shaina Magdayao)、マーハ・サルバドール(Maja Salvador)らだ。

bea alonzo01.jpg
ベア・アロンソ(Bea Alonzo)

anne curtis01.jpg
アン・カーティス(Anne Curtis)

iya villania01.jpg
イヤ・ヴィラニア(Iya Villania)

shaina magdayao01.jpg
シャインナ・マグダヤオ(Shaina Magdayao)

maja salvadol01.jpg
マーハ・サルバドール(Maja Salvador)

7月19日のASAPではこの5人が韓国の人気アイドルグループWonder Girlsの”Nobody”を歌った。フィリピンアイドルファンにとっては脳みそを直撃されるほど強烈で、あれは、是非また見たいなあと思っていたのだが、この映像、Youtubeにアップされていたのだ。その上、まだ1週間しか経っていないのに、アクセス数が12万を超えた。

人気バンドの曲でも総アクセス数が10万を超えているものは稀なのに、人気アイドル総出演のこの映像、さすがにフィリピンのアイドルファンは放っておかなかったようだ。いや、もしかすると、韓国のアイドルファンが”Wonder Girls”や”Nobody ”で検索して見ているのだろうか?

フィリピンアイドル総出演・ASAP 09 IT GIRLS : NOBODY (Wonder Girls)

posted by philculture at 13:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | アイドル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年07月25日

カミカゼ(Kamikazee)

カミカゼ(Kamikazee)はジェイ・コントレラス(Jay Contreras)をボーカルとする5人組のロック・バンドである。

jay contreras 01.jpg
Jay Contreras photo by coolbite1

カミカゼ(Kamikazee)もまたフィリピン大学出身のバンドだ。メンバーはもともと美術学部(College of Fine Arts)の学生だった。結成は2000年、最初は大学の学園祭などで演奏する学生バンドだったが、2002年、アルバム「Kamikazee」を発表しプロデビューした。ライブでの過激なパフォーマンスで知られ、ボーカルのジェイは全身に刺青を施している。

初期の代表作“"Tsinelas"やブリトニー・スペアーズ(Britney Spears)のカバー曲"Lucky" なども音楽好きな人間には知られているが、Kamikazeeが全国的に知名度を上げたのは2006年に発表されたセカンド・アルバム「Maharot」に収録された “Narda”の大ヒットによるものだ。”Narda” は2005年のエンジェル・ロクシン(Angel Locsin)を主人公とした超人気ドラマ「Darna」を逆さ読みしたもので、主人公Darnaに思いを寄せる若者の心境を歌ったポップな曲だ(もちろんドラマの主題歌でも挿入曲でもなんでもない)。”Narda”はその年に最も多くラジオで流された曲だといわれている。やはりフィリピンでも一般受けするのは”Tsinelas”のようなハード・ロックより、”Narda”のようなポップな曲なのである。

kamikazee 01.jpg
Kamikazee photo by chewy chua

Kamikazeeはまた、Parokya ni Edgarとの交流が深いことでも知られ、人気が出るまでは長らくParokya ni Edgarの前座を務めていた。これはParoka ni Edgarのボーカル、チト・ミランダ(Chito Miranda)が同じくフィリピン大学の美術学部に在籍していたことにより、デビュー後は同じ事務所(Backbeat)に所属している。今年(2009年)、ボーカルのジェイは結婚したが、その相手はチトの彼女(女優・モデル)の妹だった。まさに家族付き合いの仲である。

Kamikazee: Narda

posted by philculture at 15:58 | Comment(7) | TrackBack(0) | 音楽・バンド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年07月20日

ヤノ(YANO)

Yanoは1993年、フィリピン大学の学生だったドン・アバイ(Dong Abay)とエリック・ガンシオ(Eric Gancio)を中心に結成されたフィリピンのフォーク・パンクバンドだ。Yanoはシンプルで強いリズムに乗せて、政治的なメッセージ性の強い曲や、社会的な問題を歌うのが特徴だった。

yano.jpg
Yano :photo by kaibandavao

Yanoのデモテープはフィリピンを代表するオルタナティブ・シンガー、 ジョイ・アヤラ(Joey Ayala)の自宅スタジオで録音された。その中でEDSA革命を題材とした“Kumusta na”がブレイク。プロ活動へと繋がっていく。

YanoはMayrics、Club Dredd、70s Bistroを拠点としてライブ活動をしていた。この3つのライブハウスはどれもケソン市内にあり、E-headsRivermaya、それにParokya ni Edgarも出演する、まさにフィリピンバンド文化の発信地だった。

eric garcio.jpg
Eric Gancio :photo by keith bacongco

94年、アルバム「Yano」を発表、爆発的に売れた。収録曲”Banal na Aso”は宗教の偽善に対する批判、”Trapo”は伝統的政治家への批判、”State U”はフィリピン大学への皮肉となっている。またアメリカへ移住してしまう彼女との別れを歌った”Paalam Sampagita”(97年「Tara」収録曲)や、叶わぬ片思いを歌った”Senti”などのラブソングも有名である。

dong abay.jpg
Dong Abay :photo by sancho papa

97年、ボーカルのドン(Dong)が病気療養のためバンドを去り、Yanoは解散。エリック(Eric)は故郷のミンダナオへ帰った。2002 年、5年間の休養を経て、ドン(Dong)はPanの名でバンド活動を再開するが、学業へ復帰するため、翌年活動停止。その後、ドン・アバイ(Dong Abay)はようやくフィリピン大学を卒業した。入学から18年目のことだった。

現在、エリック・ガンシオ(Eric Gancio)がYanoの名でミンダナオ島・ダバオを拠点としたバンド活動を再開している。

Yano: Banal na Aso
posted by philculture at 23:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽・バンド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年07月14日

リバーマヤ(Rivermaya)

Rivermaya(リバーマヤ)はE-headsYanoと共に90年代のフィリピンバンド文化を牽引したバンドである。

rivermaya 1.jpg
Rivermaya: photo by mr36

Rivermayaの結成は93年で、リザ・ナクピル(Lizza Nakpil)とチト・ローニョ(Chito Rono)という2人のプロデゥーサーにより「作られた」面が強い。ちなみにChito Ronoはフィリピンで最も有名な映画監督だ。

Rivermayaのメンバーはバンブー(Francisco "Bamboo" Mañalac)がボーカルを、リコ・ブランコ(Rico Blanco)がキーボード(その後、ギター)をやっていた頃の構成が有名だ。代表曲は"Ulan"、 "214 (My Favorite Song)"、 "Himala"、 "KisapMata"、 "Hinahanap Hanap Kita"、 "You'll Be Safe Here"など数多く、E-headsよりもさらに軽く、きれいな曲が多い。中でも2005年に発表した“You’ll Be Safe Here”は絶大な人気を得て、Rivermayaはフィリピンの各賞を総なめにした。

rivermaya 2.jpg
Rivermaya: photo by mr36

このバンドの特徴のひとつに、結成からこれまで、何度もバンドメンバーが入れ替わっていることがあげられる。それはまず93年の結成からファースト・アルバム「Rivermaya」(94年)のリリースまでにリコを残しての総入れ替えがあり、98年にはボーカルのバンブーが抜け、リコがボーカルとなった。そして2007年にはついに結成当初からのメンバーだったリコが抜け、新しいボーカルを迎えて現在に至る。つまり、Rivermayaにはこれまでにボーカルが4人もいたことになる。この間、ギターやベースも頻繁に入れ替わっている。バンドメンバーが入れ替わることは日本でも珍しくないが、フィリピンではバンドの顔であるボーカルが替わることさえも珍しくないのだ。

現在、バンブー(Bamboo)、リコ・ブランコ(Rico Blanco)ともにそれぞれが独立してバンドをつくり、Rivermaya時代に劣らない人気を得ている。そうした意味では、Rivermaya、Bamboo、Rico Blancoと聴ける音楽が3つに増えたと考えることも出来るかもしれない。

Rivermaya:214 (My Favorite Song)
posted by philculture at 20:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽・バンド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年07月10日

パロキャ・ニ・エドガー(Parokya ni Edgar)

多数のバンドが出演する野外コンサートでのこと。興奮が高まるにつれ、集まった聴衆の一部が、激しく身体をぶつけ合って暴れるモッシュを始めた。モッシュはエスカレートし、そのうち本当の乱闘に発展してしまった。演奏をやめ、主催者がマイクで静まるように呼びかけても収まりがつかない。その時、おもむろにステージの上に立ち、静かに右手を上げ、黙ってピースサインを示した男がいた。すると、乱闘していたグループは喧嘩を止め、それまでの騒ぎが嘘のように、会場が静まり返ったのだ。

chito miranda.jpg
Chito Miranda of Parokya ni Edgar

この男こそ、Parokya ni Edgarのボーカル、チト・ミランダ(Chito Miranda)だった。

Parokya ni Edgarは90年代初頭のE-headsYano(ヤノ)、Rivermaya(リバマヤ)の3大人気バンドがつくりあげた新しいバンド文化の潮流に乗る形で96年に登場した。リードボーカルのアルフォンソ・“チト”・ミランダ(Alfonso “Chito” Miranda, Jr.)、ベースのブハウィ・“ブウィ”・メネセス(Buhawi “Buwi” Meneses )、リードギターのダリウス・ジェラルド・“ダリウケン”・セマニャ(Darius Gerard “Dariuken” Semaña)、 ギターのガブリエル・イグナチウス・“ガブ”・チーキー(Gabrielle Ignatius “Gab” Chee-Kee )、ドラムのフェルディナンド・“ディンディン”・モレノ(Ferdinand “Din Din” Moreno)、そしてバックアップボーカルを担当するフランシス・ビンセント・“ビンチ”・モンタナー(Francis Vincent “Vinci” Montaner) の6人で構成されたバンドである。Parokya ni Edgarはもともとアテネオ高校の同級生達で結成したバンドだが、当時のバンド文化のメッカ、Club Dreddでの演奏が注目され、プロデビューした。当初は世界的に有名な曲の歌詞を面白おかしく変えて歌うコミックバンドとして受け入れられていた感がある。

Matira Matibay
Parokya ni Edgar: Best Album 「Matira Matibay」

Parokya ni Edgarがパロディとして発表したのは次の曲である。どれもロックファンなら知っているような曲だ。
Trip from "Creep" by Radiohead
Alimango from "Animal" by Pearl Jam
The Crush (Bakit Ang Pangit Pangit Mo?) from The Clash's song "Should I Stay or Should I Go"
Papa Cologne from Lança Perfume by Rita Lee"
Picha Pie from "I Will Survive" by Cake (Originally by Gloria Gaynor)
Chikinini from "Banal Na Aso, Santong Kabayo" by Yano
Nakaw ang Wallet Ko from "Knockin' on Heaven's Door" by Guns N' Roses (originally by Bob Dylan)
The Ordertaker from "Chop Suey!" and "Toxicity" by System of a Down
Macho from "Macho Man" by Village People
Nakaka-inis from "The Promise" by When in Rome
Tange from "The Popeye Theme"
Name Fun from "The Name Game" by Shirley Ellis

Parokya ni Edgarのパロディのポリシーは徹底していて、99年にMTV Music Video Awardを受賞した自分たちの代表曲でもあるバラード”Harana”さえもパロディ化し、全く下品な曲にしてしまうほどである。

parokya live.jpg
Parokya ni Edgar at Live Concert

しかし、Parokya ni Edgarの凄さはパロディだけではない。もちろん、オリジナル曲の方が多いわけだし、発表する曲はそのどれもが絶大の人気を得ている。また、このバンド、当時活躍した他のバンドのほとんどはすでに解散してしまったか、メインボーカルが変わってしまう中、デビュー以来13年間、一度のメンバーチェンジもなく続いている。その間、ほぼ毎年オリジナルアルバムを発表し続け、人気に衰えが見られない。盛衰の激しいフィリピンバンドの中で、Parokya ni Edgarは最も長寿なバンドと言えるだろう。

普段は飄々としていて、コメディアンとしての資質も十分なチト・ミランダだが、ピースサインひとつで乱闘騒ぎを収めてしまうことで示された、そのカリスマ性は本物だ。

Parokya ni Edgar初期の代表曲 "Buloy"
posted by philculture at 07:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽・バンド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。