フィリピン英会話ネット
2009年08月31日

女優 ダイアナ・ズビリ(Diana Zubiri)

女優 ダイアナ・ズビリ(1985年生まれ)
diana zubiri 02.jpg

ダイアナ・ズビリ(Diana Zubiri)はフィリピンの女優。15歳の時に、フィリピンの映画会社(SEIKO Film)に見出され、2002年、18歳にして大 人向け映画「Itolog」で主演女優としてデビュー。

同年(2002年)、フィリピンの幹線道路EDSA大通りで水着で撮影された男性誌「FHM」の写真を巡って、マンダルヨン市長からFHMと共に訴えられた。この事件がメディアで大々的に取り上げられたことにより、ダイアナ・ズビリは一躍有名人となった。

diana zubiri 01.jpg
ダイアナ・ズビリ(Diana Zubiri) EDSA大通り(FHM)

ダイアナ・ズビリは女優として映画に出演する一方、GMA Networkと契約を結び、2004年からはお色気コメディー番組「Bubble Gang」にレギュラー出演、また、2005年には人気ドラマ「Encantadia」に準主役女優として出演するまでになった。ちなみに、「Encantadia」は被り物系のドラマで、人気女優エンジェル・ロクシン(Angel Locsin)主演のドラマ「Mulawin」とも共通するものだ。この時期、「Mulawin」(2004−2005)で被り物系ドラマが大成功した後は、次から次へと被り物系ドラマが制作・放映されていた。

ダイアナ・ズビリはこれまでSEIKO Filmから計8本の映画に主演している。代表的な作品に初主演映画「Itolog」、人気女優フランシン・プリエト(Francine Prieto)と共演した「Liberated」「Liberated 2」、それに2007年の映画「Silip」などがある。

diana zubiri encantadia.jpg
女優 ダイアナ・ズビリ(Diana Zubiri) in Encantadia

現在は一般のドラマで女優として活躍するダイアナ・ズビリだが、映画デビュー前は日本へエンターティナーとして働きに出ることを目指して、トレーニングをしていたらしい。
posted by philculture at 10:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年08月22日

関内・マリア・太郎はフィリピン人である!



関内・マリア・太郎
maria taro.jpg
http://journal.mycom.co.jp/photo/news/2009/04/25/005/images/011l.jpg
関内・マリア・太郎

不法入校・難民少女。
アジア系の人物だが国籍不明。アジア某国からコンテナに乗って不法入国した。性格は陽気で好奇心旺盛な分いたずら好き。靴とパンツをはくと気持ち悪くなり目が回る為、常にノーパンと裸足で過ごしている。 とてつもない貧乏暮らしを強いられており、日々の暮らしをクラスメイトからの援助と、足りない分は拾い食いや粗大ゴミを再利用する事でどうにか立ててい る。 一見高校生に見えないほど幼い感じだが、入国前には死線をくぐってきた過去を持つ。(出典:Wikipedia)

さよなら絶望先生 第18集 限定版
さよなら絶望先生

関内・マリア・太郎は、漫画「さよなら絶望先生」のキャラクターである。設定ではアジア系で国籍不明とされているが、関内・マリア・太郎はフィリピン人である。

まず、身体的特徴。浅黒い肌に大きな目、背は低く、痩せている。これは典型的な若いフィリピン人の体型だ。

次に、名前。マリアは関内太郎(せきうつたろう→籍売ったろう?)から国籍(学籍?)を買ったので本名ではないが、ミドルネームのマリアは本名である。ファースト・ネームやミドルネームにマリアとつけるのはキリスト教圏の特徴であり、アジアの中ではフィリピンだけが唯一カトリックを信仰するキリスト教国である。

そして、性格。天真爛漫で好奇心旺盛、何事もポジティブに物事を捉える。これは典型的なフィリピン人の性格だ。環境への順応性は高さや、学習能力の高さもフィリピン人の特徴だ。

最後に、戦争体験。設定ではマリアは日本への(不法)入国前、母国の村が戦争で焼かれたことになっている。絶望先生の時代設定自体が不明なのだが、フィリピンでは1980年代にはネグロス島で国軍と共産党・新人民軍との大規模な戦争があり、一般人も巻き込まれて多くの死傷者を出している。また、ミンダナオ島ではムスリム支配地区が存在し、60年代から国軍との間で激しい戦闘がつづいていたし、90年代後半のエストラーダ政権下でも国軍とムスリム勢力 モロ・イスラム解放戦線(MILF)との間で全面戦争が行われ、50万人の被災者が出たと推計されている。

このような状況を考えると、マリアはミンダナオ島のムスリム支配地区と接するキリスト教徒の村で生まれ育ち、国軍とムスリム勢力との戦争に巻き込まれ、村を焼かれた可能性が高い。

ミンダナオ島にはバナナとマグロの輸出基地があり、日本へ船で運んでいるから、マリアはそれらの船に紛れ込み、日本へ入国したのではないだろうか?

というわけで、関内・マリア・太郎はフィリピン人なのである。

【関連】さよなら絶望先生、三度目の絶望。
(大槻ケンヂ・インタビュー)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090710-00000959-bark-musi
posted by philculture at 06:13 | Comment(0) | TrackBack(1) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年08月18日

フランシン・プリエト(Francine Prieto)

フランシン・プリエト(Francine Prieto:1982年生まれ)
Francine Prieto 02.JPG

フランシン・プリエト(Francine Prieto)はフィリピンを代表するセ○シー女優、モデル。ノルウェー人の父と、フィリピン人の母の間に生まれた。本名をAnne Marie Falconと言い、幼少期からタレント活動をしていて、1986年、4歳ですでにGMAの、子役によるエンターテイメント・バラエティー・ショー「That’s Entertainment」に出演している。また1991年(9歳)には Nanette Medved 主演で撮られた映画「Darna」で主人公(Narda)の幼少時代を演じている。

フランシン・プリエトがブレークしたのは2003年(21歳)の映画「Liberated」である。「Liberated」は大人向け映画なのだが、同じく人気セ○シー女優ダイアナ・ズビリ(Diana Zubiri)と共演し、惜しげもなく身体を曝け出しての演技。初めて芸名フランシン・プリエトで出演した作品だったが、これが爆発的な大ヒット、2004年には第二段「Liberated 2」も作られ、セ○シー女優としての地位を確立した。

Francine Prieto 01.jpg
フランシン・プリエト(Francine Prieto)in FHM

その後は2006年、GMAの人気ドラマ「Encantadia」の続編「Encantadia: Pag-ibig Hanggang Wakas」への出演や、お色気コメディ「Bubble Gang」へのレギュラー出演など、着実に人気を高めていった。この2009年にはGMAのテレビドラマ「Darna」への出演も決まっている。

ところで、フランシン・プリエト(Francine Prieto)だが、先ごろ結婚報道のあった伊東美咲に似ていると思うのは私だけだろうか?

伊東美咲 2009年カレンダー
伊東美咲
posted by philculture at 18:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年08月15日

ケイ・アバッド(Kaye Abad)

ケイ・アバッド(Kaye Abad 1982年生まれ)
kaye abad 01.jpg
from www.kayeabad.com

ケイ・アバッド(Kaye Abad)はフィリピンのモデル、女優。アメリカで生まれ、フィリピンで育った。ABS-CBNの専属タレント養成所であるStar Circle(現Star Magic)出身であり、11歳の時からタレント活動を行っている。

11歳でABS−CBN所属の子役が出演する「Ang TV」に出演し、96年(14歳)には年頃の俳優・女優のさわやかな恋愛ドラマ「Gimik」に出演。その後もABS-CBNで毎週金曜日に放映される1時間半の単発ドラマ「Maalaala Mo Kaya」(MMK)に数多く出演している。

但し、女優として、それほど有名なわけではない。これまでは主演ドラマや主演映画を持たない、みんなが知っているけど、超有名な人気女優というわけでもなかった。

そんなケイ・アバッド(Kaye Abad)がなぜ有名かというと、彼女こそが、Parokya ni Edgar のボーカリスト、チト・ミランダ(Chito Miranda)の彼女だからだ。二人の関係は公然で、もう、10年は付き合っているのではないだろうか?

kaye abad 02.jpg
Kaye Abad and Chito Miranda: from www.kayeabad.com

そして、2009年、ケイ・アバッド(Kaye Abad)は映画「Iliw(イリウ)」に主演した。映画「Iliw(イリウ)」は第二次大戦時にルソン島北部・ビガンの街を爆 撃から救った高橋大尉の実話が基になっており、主人公の高橋大尉役は日本の若手俳優・高嶋宏行が演じている。

第二次世界大戦中のフィリピンと日本の関係を描いた映画としては、2004年のジュディ・アン・サントス(Judy Ann Santos)主演映画「Aishite Imasu 1941」や、マイリーン・ディゾン(Mylene Dizon)主演の映画「GATAS −SA DIBDIB NG KAAWAY」(2000年)が同じく、日本を一方的な悪役として描いていないのが特徴だ。映画「Iliw(イリウ)」でのカイ・アバッド(Kaye Abad)の演技には是非注目である。

kaye abad iliw poster.jpeg
Iliw Poster from www.kayeabad.com
posted by philculture at 05:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年08月14日

フィリピンのセクシー・タレント RR Enriquez

ロミリーン・エンリケス(Romyreen Enriquez:RR Enriquez 23歳)
rr enriquez 03.jpg

RR (Romyreen) Enriquezは今、フィリピンで最も旬なセクシー・タレントである。彼女が有名になったのは、ほんの昨年(2008年)からだ。

RR Enriquezは当初、フィリピンのお昼のバラエティー番組「Wowowee」のダンスグループのなかで踊る一人のダンサーだった。それがあまりにも目立つ容姿からか、いつのまにか準司会者(Co-host)に昇格していた。

「Wowowee」はフィリピン一の人気タレント、ウィリー(Willie Revillame)が司会を務め、圧倒的な視聴率を誇るABS-CBNの看板番組である。日本で言えば「笑っていいとも」と「おもいッきりテレビ」を足したようなものだろう。但し、フィリピンの場合、競合番組が少ないことも手伝って、視聴率は「笑っていいとも」よりもずっと高い。そんなお化け番組の準司会者(Co-host)なわけだから、RR Enriquezのタレントとしての知名度は一気に上がった。

rr enriquez 02.jpg
セクシー・タレント RR Enriquez

RR Enriquezは、アンジェリカ・パガニバン(Angelica Panganiban)がホストを務めるABS-CBNのお色気コメディーショー「Banana Split」にもセクシー・タレントとしてレギュラー出演している。また、FHMやMAXIMなどフィリピンで人気の高いグラビア雑誌の表紙を飾ることも増えた。しかし、まだ有名になってから日が浅いため、ドラマ出演は少ない。これからが期待されるタレントである。

ちなみに、パロキャ・ニ・エドガー(Parokya ni Edgar)の2005年発表曲”Papa Cologne”のMusic Videoの冒頭で登場しているのがRR Enriquez(当時19歳)であったことはあまり知られていない。

rr enriquez 01.jpg
セクシー・タレント RR Enriquez
posted by philculture at 19:01 | Comment(2) | TrackBack(0) | アイドル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。