フィリピン英会話ネット
2009年08月22日

関内・マリア・太郎はフィリピン人である!



関内・マリア・太郎
maria taro.jpg
http://journal.mycom.co.jp/photo/news/2009/04/25/005/images/011l.jpg
関内・マリア・太郎

不法入校・難民少女。
アジア系の人物だが国籍不明。アジア某国からコンテナに乗って不法入国した。性格は陽気で好奇心旺盛な分いたずら好き。靴とパンツをはくと気持ち悪くなり目が回る為、常にノーパンと裸足で過ごしている。 とてつもない貧乏暮らしを強いられており、日々の暮らしをクラスメイトからの援助と、足りない分は拾い食いや粗大ゴミを再利用する事でどうにか立ててい る。 一見高校生に見えないほど幼い感じだが、入国前には死線をくぐってきた過去を持つ。(出典:Wikipedia)

さよなら絶望先生 第18集 限定版
さよなら絶望先生

関内・マリア・太郎は、漫画「さよなら絶望先生」のキャラクターである。設定ではアジア系で国籍不明とされているが、関内・マリア・太郎はフィリピン人である。

まず、身体的特徴。浅黒い肌に大きな目、背は低く、痩せている。これは典型的な若いフィリピン人の体型だ。

次に、名前。マリアは関内太郎(せきうつたろう→籍売ったろう?)から国籍(学籍?)を買ったので本名ではないが、ミドルネームのマリアは本名である。ファースト・ネームやミドルネームにマリアとつけるのはキリスト教圏の特徴であり、アジアの中ではフィリピンだけが唯一カトリックを信仰するキリスト教国である。

そして、性格。天真爛漫で好奇心旺盛、何事もポジティブに物事を捉える。これは典型的なフィリピン人の性格だ。環境への順応性は高さや、学習能力の高さもフィリピン人の特徴だ。

最後に、戦争体験。設定ではマリアは日本への(不法)入国前、母国の村が戦争で焼かれたことになっている。絶望先生の時代設定自体が不明なのだが、フィリピンでは1980年代にはネグロス島で国軍と共産党・新人民軍との大規模な戦争があり、一般人も巻き込まれて多くの死傷者を出している。また、ミンダナオ島ではムスリム支配地区が存在し、60年代から国軍との間で激しい戦闘がつづいていたし、90年代後半のエストラーダ政権下でも国軍とムスリム勢力 モロ・イスラム解放戦線(MILF)との間で全面戦争が行われ、50万人の被災者が出たと推計されている。

このような状況を考えると、マリアはミンダナオ島のムスリム支配地区と接するキリスト教徒の村で生まれ育ち、国軍とムスリム勢力との戦争に巻き込まれ、村を焼かれた可能性が高い。

ミンダナオ島にはバナナとマグロの輸出基地があり、日本へ船で運んでいるから、マリアはそれらの船に紛れ込み、日本へ入国したのではないだろうか?

というわけで、関内・マリア・太郎はフィリピン人なのである。

【関連】さよなら絶望先生、三度目の絶望。
(大槻ケンヂ・インタビュー)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090710-00000959-bark-musi


posted by philculture at 06:13 | Comment(0) | TrackBack(1) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年06月20日

ミスコンテストでフィリピン勢が強い


ジェラミー・ディゾン(Geramie Dizon)19歳、がミスアジアUSA2009の栄冠を手にした。ジェラミーはボディ・ショット2006で2位に選ばれたこともあるアメリカのモデルである。

これでフィリピン出身でミスアジアUSAに選ばれたのは7人目となる。他の6人のフィリピン出身のミスアジアUSAはGemma Hipolito (1992)、Cheryl Nunes (1995)、 Jamie Santiago (1996)、 Karen Borja (1998)、Angelina Macaulay (2000) そしてFeilani Bennett (2001)である。

第21回ミスアジアUSAの決戦大会にはアジア13諸国出身の19人の参加者によって行われた。ミスアジアUSAはアメリカ国内のアジア出身女性を対象とした美人コンテストであり、4分の1以上のアジアまたは中東の血統を持っていることを条件としている。

また、5月3日に中国で開催された第一回インターナショナル・ビューティー・アンド・モデル・フェスティバル2009ではフィリピン代表のエイプリル・ラブ・ジョーダン(April Love Jordan)が43カ国の代表の中から一位に選ばれている。

エイプリルは3月に行われたミス・フィリピン2009(Binibining Philipinas 2009)でトップ10に残った出場者だった。
posted by philculture at 08:32 | Comment(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年06月11日

フィリピン大学(UP)

フィリピン大学(University of the Philippine: UP)は1908年、アメリカ統治下に設立されたフィリピン最高学府である。歴代7人の大統領、12人の司法長官、ナショナル・アーティスト(人間国宝のようなもの)57人中36人、ナショナル・サイエンティスト(学士院会員のようなもの)31人中30人を輩出している。

フィリピン大学(UP)はフィリピン全土に6つのキャンパスを持ち、全学で約5万人の学生と、4千人の教員を擁する。その中でも首都圏ケソン市にあるUPディリマン校が本部キャンパスであり、約2万3千人の学生が学んでいる。

UP oblation.jpg
UPオブレーション

このフィリピン大学の象徴が「裸の男性が両手を広げ体を投げ出した」格好をしたオブレーションと呼ばれる銅像である。これには「隠し事無く、我が身を国のために捧げる」という国家的英雄ホセ・リサールの思想が込められている。

毎年12月になると、フラタニティーと呼ばれる学生組織の会員がオブレーション・ランと称して、裸で校内を走る。UPオブレーションの精神を体現するためだ。


さらに、2008年の12月にはUP創立100周年を祝って卒業生100人が全裸となった。

すでに神格化されているフィリピンのバンド、イレーサーヘッズ(Eraserheads)や、人気ロックバンド、カミカゼ(Kamikazee)のメンバーはフィリピン大学出身であり、学内バンドから出発している。同じく、現在はコメディアンとして活躍しているチューズデイ・バルガス(Tuesday Vargas)もUP出身である。

このように、政治家、官僚のみならず、メディア、芸術家、芸能人、バンドの中にもUP出身者は多い。フィリピン大学は学問や政治だけでなく、文化の発信地でもあるのだ。
posted by philculture at 21:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。